風景

”助け合い”

日本でもよく聞く言葉です。

”互いに力を貸し合う”と言う意味の言葉で、誰もが知っていると思います。

 

仕事でも、得意な分野を生かし、苦手な分野は他の人に補ってもらう。

それこそがチームワークだ!

 

と誰もが思いますし、そうあるべきと私も考えています。

 

しかし、その言葉も吃音者にとっては辛く感じてしまうこともあるのです。

 

え?どういうこと?
吃音者だからこそ”助け合って”、できることとできないことを理解して働くべきじゃない?

 

そうなんです!

しかし、それができないという矛盾に陥ってしまうのです。

 

 

そもそも助け合いとは、

 

  1. 相手に「私は〇〇が苦手です。」と伝え、理解してもらう
  2. 身体的障害をもっていて、物理的にできないと誰もが分かる

 

という条件を満たしてはじめて、

「この人は〇〇が苦手だ(できない)から、他の人にしてもらおう(代わりにしてあげよう)」

となるのです。

 

そこで問題となるのが、まわりの吃音への理解です。

 

そもそも吃音についての理解がなければ、

「話したくても話すことができない」

ではなく、

「話すことができるが、話したくない」

と捉えられ、

 

「人と話すことが苦手だから、そう言ってしたくないことから逃げている」

 

と思われてしまう恐れがあるのです。

なぜなら、

吃音はある一定の条件下のみでしか症状が出ないので、日常会話などでは普通に話せているように見えるからです。

 

仕事中や日常生活では、吃音者はなるべく症状が出ないように努力しているため、普通に話せているのです。(普通に話せているように見せているのです。)

実際は、発しづらい言葉や発することができない言葉を、違う言葉に置き換えて話しています。

 

 

このように、吃音は非常に分かりづらく、理解してもらうのが難しい症状です。

 

 

吃音者
私…吃音なんです。。。
時々、言葉が出てこなくなって(発声ができなくなって)、電話対応が上手にできません。
人前で話す時に、吃音の症状が出て、話せなくなってしまいます。

 

と相談して、

上司や同僚
そうだったのか。。。
今まで気づいてあげられなくてごめんね。
仕事の面でもできる限り配慮するから、できることを頑張ってね。

 

と言ってくれたらどれだけ楽だろうか。どれだけ心が救われるだろうか。

 

 

 

私は今、吃音であることを隠しながら仕事をしています。

ありのままを伝えて理解してくれるのだろうか。どう思われるだろうか。などの不安があり、まだ言えていません。

しかし、このまま隠し続けるのもしんどいし、限界があると思っています。

いつかは。。。と思いつつ、いつ言えるだろうか。と日々悩んでいます。

 

 

 

職場等で吃音であることを伝え理解してもらった例や、嫌な思いをした例など、ぜひコメントで共有していただけると幸いです。

 

 

吃音が社会的に理解され、”助け合える”環境が広がっていきますように。

おすすめの記事